日時: 2025年3月21日(金) 16:00〜18:00
会場: 大阪大学理学研究科J棟 南部陽一郎ホール
座長:益田 勝吉 教授
話題提供:
(1)大塚 洋一(挑戦的個人研究部門
ピコ液体の精密流体制御による極微質量分析イメージングの創成プロジェクト代表・准教授)
(2)中川 拓郎(挑戦的個人研究部門
染色体異常の発生メカニズムの解明プロジェクト代表・准教授)
概要:
(1)前半では、「ピコ液体の精密流体制御による極微質量分析イメージングの創成」プロジェクト代表の大塚先生から、独自の抽出ーイオン化法の開発の経緯と最近の研究成果をお話しいただいた。生体組織では細胞内外で多種多様な化学反応が生じ、健康状態が維持される。したがって、生体組織に含まれる分子の変化を精密に分析する技術は、ライフサイエンス分野の研究開発において重要となる。質量分析イメージング(MSI)は、試料内の分子の分布を画像として可視化する技術である。
図1. 質量分析イメージングの概要
大塚准教授は、生体組織の脂質成分のMSIを行うために、独自の抽出ーイオン化技術(t-SPESI)の開発を主導してきた。t-SPESIは、原子間力顕微鏡とエレクトロスプレーイオン化を融合した技術であり、ピコリットル以下の極微量の溶媒を用いて、生体組織のマイクロスケールの領域に含まれる成分を分析することを可能にする。
図2. t-SPESIの装置構成と特徴
高精細な質量分析イメージングを実現するための様々な要素技術の開発に取り組むと共に、異分野の研究者との共同研究を推進してきた。一例として、マウスの精巣組織のMSIでは、精子形成に重要なドコサヘキサエン酸(DHA)を含有する脂質などの分布を可視化することに成功した(図3)。
図3. マウス精巣組織のリン脂質の分布
本技術を様々な生体組織に適用し、疾病を引き起こす多様な分子の分布を調べることで、新たな治療法や診断技術の創成に繋げていきたいと考えている。Q&Aでは、本技術による細胞内構造の観察の現状と展望、代謝分析への展開の可能性、生体組織の物理的性質も含めた計測手段としての発展性などについて、各分野の専門家との活発な議論が行われた。
(2)後半では、「染色体異常の発生メカニズムの解明」プロジェクト代表の中川先生から、染色体のセントロメア領域のDNA反復配列を「のりしろ」にして起こる染色体異常の発生メカニズムについて報告いただいた。
まずは真核生物の染色体の基本的な構造と染色体に含まれるDNAの役割について説明があった。DNAを鋳型にして、転写と呼ばれる細胞内の反応によりRNAが合成される。次に、RNAを鋳型に翻訳と呼ばれる反応によりタンパク質が合成される。タンパク質の種類や量などによって細胞ひいては生物の運命が決定される。しかし、転座や欠失などの染色体異常が起きるとDNAが変化するために、がんなどのヒト遺伝性疾患が引き起こされること、また、がんは現在日本人の死亡原因の第一位であることが紹介された。
図4. 染色体構造とDNAの役割
真核生物である分裂酵母を用いた解析により、染色体のセントロメア領域に存在するDNA反復配列を介して同腕染色体と呼ばれつ異常染色体が形成することを明らかにした。同腕染色体はセントロメア領域を中心に左右の染色体腕が鏡像関係となった異常染色体であり、ダウン症やターナー症の原因となるだけでなく、ヒトのがん細胞でもよく見られる。これまでに、DNA相同組換え、DNA複製、細胞周期チェックポイント機構、ヘテロクロマチン構造が染色体異常を抑制する一方、Rad52をはじめ幾つかの遺伝子は染色体異常を促進することを明らかにした。今回は、ヘテロクロマチン構造が正常に形成されないとき、転写によりRループと呼ばれるDNA-RNAヘテロ二本鎖を含む異常な核酸構造が形成され、それにより染色体異常が起こることが説明された。今後、この系を用いて、染色体異常の発生に関与する新たな因子を同定し、その機能を解明することで染色体異常の発生メカニズムの解明を目指す。
図5. 分裂酵母のセントロメア領域で起こる染色体異常
Q&Aではヒトを含め他の真核生物で起きる染色体異常との共通原理、細胞膜と染色体異常との関係、更には、物理化学的な応用研究への展開などについて活発な議論があり大いに盛り上がった。
最後に、話題提供者のお二人からFRCで活動する中で得たものとして、分野を越えた研究者間の議論や交流の重要性を指摘いただき、参加者からも多くの賛同の声があった。
(文責:FRC談話会事務局)