大阪大学大学院理学研究科附属フォアフロント研究センター大阪大学大学院理学研究科附属フォアフロント研究センター

日時: 2025年1月22日(水) 16:00〜18:00
会場: 大阪大学理学研究科J棟 南部陽一郎ホール
座長:松本 卓也 教授
話題提供:

(1)吉田 斉(分野横断プロジェクト研究部門
        同位体濃縮技術の開発と実用化と放射線検出器への応用プロジェクト代表・准教授)
(2)佐藤 朗(分野横断プロジェクト研究部門
        先端ミューオン科学による文理協力型学術創出プロジェクト代表・助教)

概要:
(1)前半では、「同位体濃縮技術の開発と実用化と放射線検出器への応用」プロジェクト代表の吉田先生から “ニュートリノを放出しない二重ベータ崩壊” の発見を目指す挑戦についてお話しいただいた。極めて稀な原子核の崩壊様式として、二重ベータ(ββ)崩壊がある。ニュートリノがマヨラナ粒子(粒子と反粒子が同じであるフェルミオン)である場合に、ニュートリノを放出しない二重ベータ(0νββ)崩壊が起こる。その半減期は、1028年以上と予測されており、 発見された場合の物理的意義が非常に大きく、素粒子物理学に突き付けられたいくつかの謎(物質優勢宇宙、ニュートリノだけが極めて質量が小さい、ニュートリノ質量の絶対値や階層性など)の解明につながると言われている。


図1. ニュートリノを放出しない二重β崩壊とその探索の物理的意義

大阪大学が中心となり推進しているCANDLES実験プロジェクトは、48Ca同位体を使った0νββ崩壊の発見を目指している。 ββ崩壊核種としての48Caには、天然同位体比が低く(0.2%)、大量に同位体濃縮する手法が確立していないという欠点がある。他方で、0νββ崩壊のような極稀事象の探索には、極低バックグラウンド環境が必須であり、48Ca同位体は、背景事象を増やすことなく感度を500倍改善できる潜在能力を有している。当プロジェクトでは現在、大強度レーザーを利用した新しい同位体濃縮手法の開発を進めており、原理検証や大量生成に向けた取り組みについて紹介された。


図2. Ca同位体濃縮の原理と濃縮手法開発装置

Ca同位体濃縮の開発とともに、背景事象の低減には検出器のエネルギー分解能が重要である。素粒子標準模型で許されるニュートリノを放出するββ崩壊は、 0νββ崩壊よりも崩壊率が8桁以上も大きく、Q付近で0νββ崩壊事象の背景事象になってしまう。プロジェクトでは、新たに極低温(~10 mK)に冷却したCaF2結晶を放射線の検出に利用することで、エネルギー分解能の優れた蛍光熱量検出器を開発している。この検出器開発に向けた取り組みと現状についても紹介された。


図3. エネルギー分解能と背景事象除去性能の優れた蛍光熱量検出器の原理

(2)後半では、「先端ミューオン科学による文理協力型学術創出プロジェクト」代表の佐藤先生から、大阪大学を中心としたミューオン科学の展開状況についてお話しいただいた。ミューオンは、宇宙を構成する最小単位である素粒子の一つで、電子とよく似た性質を持つが、質量は電子の約207倍も大きい。従来、ミューオンは基礎科学の研究対象やプローブとして活用されてきたが、近年では、地上に降り注ぐ宇宙線ミューオンを利用したピラミッドなどの大規模構造物の透視や、大型加速器によって人工的に生成されたミューオンビームを用いた文化財の非破壊元素分析など、多様な応用研究が活発に展開されつつある。


図4. 連続状ミューオン施設RCNP-MuSICの装置。 本学吹田キャンパスの核物理研究センター内に設置されている。

 大阪大学は、国内唯一の連続状ミューオン施設 RCNP-MuSIC を有するとともに、ミューオン研究を得意とする多様な分野の研究者が多数在籍しており、ミューオン研究において極めてユニークな環境にある。この優位性を生かし、大阪大学にミューオン科学創成の拠点を設置することを目指して、文系・理系の枠を超えて、学内外の研究機関や産業界と協力しながら、ミューオンの新たな活用開拓、啓蒙活動、人材育成に取り組んでいることが紹介された。


図5. ミューオンX線の発生原理。 特性X線のエネルギーは原子核を周回する粒子のエネルギーに比例するため、ミューオンX線は高いエネルギーを持つ。

 また、ミューオンの応用利用例として、ミューオン特性X線を用いた希少資料の非破壊元素分析の進展についても説明があった。ミューオン特性X線は、電子特性X線に比べて約200倍高いエネルギーを持ち、この特性を利用した本分析手法では、古代青銅器のように表面が腐食した資料であっても、その状態に左右されることなく、特定の深さをピンポイントで分析できる。このため、考古学や文化財科学の分野で高い関心を集めている。すでに、緒方洪庵の薬剤やリュウグウの石、古代ローマの鏃など、多くの資料が分析されており、その成果はニュースなどでも大きく取り上げられたことが紹介された。


図6. ミューオンX線元素分析における分析領域。荷電粒子であるミューオンはその入射エネルギーを調節することで、測定資料の任意の深さをピンポイントに選択して分析することができる。

(文責:FRC談話会事務局)


今後の開催予定

 2025年3月21日(金) 第7回FRC談話会
  時間帯・場所:16-18時・南部陽一郎ホール